起業・独立に役立つ情報

若手起業家

変転めまぐるしい現代社会を生き抜く起業家に必要なものは、いったい何なのでしょうか?

ここでは社会に変革をもたらし日本の次世代をつくる代表的な若手起業家をご紹介します。これから起業される方、またすでに起業されている経営者にとって、目標となるような若手起業家もいると思います。何らかのヒントになれば幸いです。

三木谷 浩史(楽天株式会社)

1988年、一橋大学商学部卒業。株式会社日本興業銀行での勤務経験を経て、ハーバード大学に留学。同大学で経営大学院修士号(MBA)を取得。1996年株式会社クリムゾングループ代表取締役社長 に就任(現任)。翌年、株式会社楽天を設立、代表取締役社長に就任。

藤田 晋(株式会社サイバーエージェント)

1997年、青山学院大学経営学部卒業。株式会社インテリジェンスでの勤務経験を経て、1998年3月インターネット関連の企画営業業務を目的として、株式会社サイバーエージェントを設立し代表取締役に就任。同年7月には、クリック保証型バナー広告ネットワーク「cyberclick!」の営業を開始。さらに同年12月には、クリック保証型電子メール広告ネットワーク「clickincome」(現melma!)の営業を開始。2000年、東京証券取引所新興企業市場(マザーズ)に上場し、その後も様々な方面に事業を展開。

田中 良和(グリー株式会社)

1999年、大学を卒業後、ソニーコミュニケーションネットワーク(現ソネットエンタテインメント)に、同社の新卒第一期生として入社。経営戦略やサービス企画の担当部署で、海外事業の支援や通信キャリアとの交渉などを行い、2000年2月、楽天に入社。2003年冬、個人的な趣味の一環としてソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)GREEの開発を開始し、2004年にグリー株式会社を設立し、代表取締役に就任。2010年6月に、創業5年でグリー株式会社が東京証券取引所一部へ上場。33歳3ヶ月での東証一部への上場は、創業者として史上最年少。

野尻 佳孝(株式会社テイクアンドギブ・ニーズ)

高校時代より渋カジ、アメカジを流行らせるなど商才を発揮し、明治大学入学後はラグビー部で2度の全国制覇を経験。住友海上火災保険(株)を経て、98年にブライダルプロデュース会社(株)テイクアンドギヴ・ニーズを設立。2001年ナスダック・ジャパン(現:ヘラクレス)に上場。2004年、史上最短、最年少(当時)で東証二部に上場。2006年3月には最年少社長として東証一部に上場を果たす。

宇野 康秀(株式会社 USEN)

1988年、明治学院大学法学部法学科卒業後、リクルートコスモス入社。同社での勤務経験を経て、1989年6月に採用コンサルティングサービスを主業務とする株式会社インテリジェンスを設立。その後人材派遣サービスを開始するなど、人材紹介・人材コンサルなど総合人材サービスを展開し、2000年には日本証券業協会(現:ジャスダック)に店頭公開を果たす。父親の跡を継ぎ、大阪有線放送社(現:株式会社USEN)の代表取締役社長に就任。就任後は、それまで同社が抱えていた電柱の無断使用問題など、さまざまな問題に対して本格的に事態の収拾を図り、大きく事業を躍進。

安田 佳生(株式会社ワイキューブ)

18歳でアメリカ大陸に渡り、オレゴン州立大学で生物学を専攻。帰国後、大手情報誌会社を経て90年株式会社ワイキューブ設立。 主に中小・ベンチャー企業を対象とした新卒採用コンサルティング事業を展開。企業の業績向上を目的とした独自の採用コンサルティング手法により、クライアント企業の人気企業化、業績アップを実現しているこれまでに3000名の社長と30000名を超える学生と会い、2003年には著書である『採用の超プロが教える』シリーズを発行。

南部 靖之(株式会社パソナ)

昭和51年 2月、「家庭の主婦の再就職を応援したい」という思いから、大学卒業の一ヶ月前に起業し、人材派遣システムをスタート。以来"雇用創造"をミッションとし、新たな就労や雇用のあり方を社会に提案。 2000年12月に大証ヘラクレス、2002年10月には、一般人材派遣会社としては初めて、東証第一部に上場。 また各地域の大手企業とともに、中高年層の「失業なき転職」の実現を目指した「関西雇用創出機構」「関東雇用創出機構」を立ち上げ、 業界や産業の枠を超えた"雇用創出"にも取り組む。

南場 智子(株式会社ディー・エヌ・エー)

1986年マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン入社。ハーバード大学でMBA取得後、マッキンゼーパートナー(役員)就任。1999年株式会社ディー・エヌ・エー設立、代表取締役に就任。現在は内閣規制改革・民間開放推進会議委員も務める。

笠原 健治(株式会社ミクシィ)

1997年、東京大学経済学部経営学科に在学中、求人情報サイト『Find Job !』の事業を開始。2年後の1999年に、有限会社イー・マーキュリーとして法人を設立。ITベンチャー企業を中心とした求人情報の提供により事業を進め、その後、開発者として勤務していた留学生より、「留学生の間でSNSが流行っている。この開発をやってみたい」との提案を受ける。これを契機にSNSの調査と研究・開発に取り組み、mixi独自のコミュニケーション機能を加えたSNSを構築。そして、2004年2月に、国内初のSNSとして「mixi」を正式に開始し、スタートから時を経ずしてネットワーク外部性が強く働き、爆発的にユーザーが増加。

松田 公太(タリーズコーヒージャパン株式会社)

6歳から17歳の大半を、アフリカとアメリカで過ごす。1990年、筑波大学国際関係学類卒業後、三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行。その後、1998年にタリーズコーヒー・ジャパン株式会社を設立。2007年には、世界経済会議(通称:ダボス会議)のYoung Global Leaderとして、選出される。開発途上国の飢餓解消に取り組むNPO「TABLE FOR TOW international」理事でもある。2010年、みんなの党より参議院選挙立候補、東京都選挙区にて当選。

小笹 芳央(株式会社リンクアンドモチベーション)

早稲田大学政治経済学部卒。86年、リクルートに入社し、人事部でリクルーティング活動を担当。採用方針の明確化、独自の採用手法を確立。93年、組織人事コンサルティング室を立ち上げ、初代室長として新規事業を育成。2000年、リンクアンドモチベーションを設立。

熊谷 正寿(GMOインターネット株式会社 )

1981年、國學院高等学校中退の後しばらく父親の仕事を手伝う中で、21歳のときに「15年計画」を立てて起業を決意。そして1991年5月、マルチメディア事業を目的として、株式会社ボイスメディアを設立。その後1995年には、普及しはじめたインターネットに注目して商号をインターキュー株式会社に変更するとともに、事業を「インターネットのインフラ、サービスインフラの提供」に集中。同年には世界初の非会員制インターネット接続及びサービス事業「interQORIGINAL」を開始。1999年8月には、独立系ネットベンチャーとして、またインターネットサービスプロバイダ(ISP)としても日本で初めて店頭公開を果たす。

 

 

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